植物生理生化学特論 第11回講義

光化学系の量比調節

第11回の講義では、シアノバクテリアの強光応答の一つ、光化学系の量比調節の研究例について紹介しました。


Q:今回の講義では、光化学系量比の調節について学びました。その中で、Synechocystis sp. PCC 6803の環境応答に関わる遺伝子として、sll1961が紹介されていました。このsll1961破壊株で強光シフト時に発現のレベルが変化するsll1773について、とても興味深いと感じました。紹介されたノーザンブロットのデータで、野生株では強光シフト時から転写レベルはほぼゼロレベルで変化しないのに対し、sll1961破壊株では一過的に発現が上昇しています。つまり、Sll1961は強光に応答して発現するsll1773をわざわざ抑制していると考えられます。強光に応答して発現するにも関わらず抑制されるsll1773の機能が気になります。文献によると、sll1773はpirAと名づけられ高塩条件下やその他のストレス条件下で上方調整されているようですが、機能ははっきりとしていないようです (Hihara et al., FEBS, 2004)。sll1961変異体は強光下で、光化学系Iの量を抑制出来なかったり、窒素欠乏下でフィコビリソームの分化が起こりづらいことなどを考えると光化学系の保護に関わる因子かもしれないと考えました。

A:pirAの働きは、はっきり言ってわかりません。通常条件の野生株では発現していないわけなので、なかなか生理的な意義を議論するのは難しい状況です。確かに面白そうではあるのですが。


Q:ステート遷移や光化学系量比調節が生じる際の、光のバランスを感知するメカニズムについて考察してみました。強光ストレス・低温ストレスは電子の過剰供給から生じることや、シアノバクテリアで光合成電子伝達系と呼吸電子伝達系が一部の経路を共有しているということなどから、ステート遷移や光化学系量比調節を行う一番の理由は、効率的な光合成をする事以上に、電子伝達反応のバランスを保つ事にあると考えられます。また、自分はシアノバクテリアの概日リズムの研究をしていますが、単細胞性シアノバクテリアSynechococcus elongates PCC7942の時計関連タンパクの中で、光入力系タンパクであるCikAやLdpAは光を直接感知しているのではなく、チラコイド膜のプラストキノンプールの酸化還元状態を感知している事が示唆されています(Ivleva NB, Gao T, LiWang AC, Golden SS (2006) Quinone sensing by the circadian input kinase of the cyanobacterial circadian clock. Proc Natl Acad Sci USA 103:17468-17473.)。これらの事から、ステート遷移等における光のバランスの感知においても、チラコイド膜の酸化還元状態が大きく関わっているのではないかと思いました。第三のステート遷移もチラコイド膜の酸化還元を感知するタンパクが関与しているのではないかと思いました。

A:高等植物では一般的にプラストキノンプールでの酸化還元状態検知が多木や役割を果たしていますし、シアノバクテリアでも特定の条件では、プラストキノンプールにおける検知機構が働いています。しかし、シアノバクテリアの遺伝子発現の網羅的な解析からは、光化学系1の還元側を検知する機構も大きな役割を果たしているという結果が得られています。


Q:sll1961変異体は強光下で光化学系Ⅰ量を抑制できないとレジュメには書いてありますが、弱光と比べて強光下では明らかに抑制されているように見えます。たしかに野生型に比べればその減少度合いはsll1961変異体の方が抑えられてはいますが、断定できるほどのものではないと個人的には思いました。強光によって減少しているからにはsll1961以外にも何かしら光化学系Ⅰ量を抑制する物質が存在することが考えられます。今回の実験ではその物質の特定は不可能ですが、sll1961変異株と似た表現型であるpmgAや、sll1961と似た働きをするNblAに着目して、sll1961とpmgA両方の変異株、sll1961とNblAの両方の変異株ないし、pmgAとsll1961両方の変異株で調べてみると特定できる可能性はあると考えられます。

A:確かに、sll1961破壊株において、強光応答が完全に失われているのか、というと、そうでもないようです。このあたり、実際には数多くの因子が働いている可能性もあるのではないかと思っています。


Q:シアノバクテリアでは,光環境の変動に対する解決策の一つとして,光化学系量比調節機構を保持することが紹介された。特に、pmgA変異株では,培養開始72時間目までは野性株よりも細胞の生長が速いが,72時間目以降は生長が抑制されてサイズが拡大化することが報告されている。細胞のサイズについて,途中から肥大化することが生存のための何らかの戦略であるのかは面白いところだが,実際にそれが外界の環境(光環境)に対応して変化するということはあるのだろうか?細胞のサイズが拡大化すると,光合成色素同士が細胞内で被陰することにより十分な光合成を行えないと予想される。ところが,十分な光が供給される条件下では,被陰効果を想定しても一定量の光エネルギーが各光合成色素に供給されるため,細胞が拡大化しても問題ないのかもしれない。むしろ,このようにすることで光合成色素に供給されるエネルギーを少なくし,強光ストレスを回避する戦略をとりえる可能性も考えられる。なお,この状態で弱光条件下に移した場合,光合成色素に供給される光エネルギーが被陰効果で不十分となり,生長することはできないだろう。実際に,細胞のサイズの拡大化が何に起因しているのかを考察してみたい。前述のpmgA遺伝子は,光化学系Ⅰを構成する遺伝子群(psaA,psaAB遺伝子)の転写制御を行うことが報告されており(Muramatsu and Hihara,2003),pmgA変異株では強光条件下において系Ⅱに対する系Ⅰの割合が高くなっていると考えられる(つまり,光化学系量比調節機構が機能していない)。過剰な光エネルギーが供給されることで系Ⅰが還元状態にあるとき,活性酸素の生成により過度の酸化ストレスにさらさることは間違いない。酸化ストレスが細胞サイズの拡大化に直接影響するかは定かではないが,一般にシアノバクテリアでは様々なストレス条件下で細胞サイズが変化することはよく知られており,これが必然的(戦略的)機構なのか偶然なのかは分からない。例えば,前者の場合を想定すれば,系Ⅰの過剰化に伴う酸化ストレス発生を低減させるために,酸素分子の自由拡散による流入を停止すべく,細胞の外郭構造を厚くしている可能性が考えられる。一方,後者の場合を想定すれば,酸化ストレス回避のためのエネルギーにATPが使用されることから,細胞生長(もしくは細胞分裂)のためのエネルギーが供給されず,結果的に細胞サイズの拡大化が招かれているだけかもしれない。いずれにせよ,シアノバクテリアが強光条件下において細胞サイズの拡大を引き起こさずに“正常”に生育していくためには,光化学系量比のバランスを光条件に合わせて適応させることよりも,酸化ストレスを最低限に抑えるために系Ⅰの発現量を“管理”することが重要なのであろう。

A:細胞のサイズの部分は東大の修士論文で見たのでしょうかね。よく調べていて感心ですが、参考文献は載せるようにしてくださいね。