生物学通論 第6回講義

生体膜と脂質

第6回の講義では、生体膜を構成する脂質について膜の役割とともに紹介しました。


Q:今回の授業では、生物の生体膜はリン脂質でできており、そのリン脂質は親水性の頭部と疎水性の尾部からなっているということを学んだ。以前の授業で、タンパク質も親水性のアミノ酸と疎水性のアミノ酸でできているということを学んだが、なぜ生物は細胞膜にはタンパク質ではなくリン脂質を用いたのだろうか、ということが気になった。そこで、生体膜を作るのにタンパク質が不都合で、リン脂質が好都合である理由を考察する。生体膜、すなわち膜状の組織を作るためには、リン脂質の場合疎水部分の鎖状構造が重要である。タンパク質の場合アミド結合に含まれる酸素原子の極性により三次構造を取ると考えられるため、この鎖状構造(タンパク質の一次構造)を取ることは難しいと考えられる。ただし、タンパク質が二次構造であるβシートを形成できれば、タンパク質により膜状の組織を形成することは可能である。ここで、生体膜の重要な性質、すなわち細胞内外の物質交換の機能について考えなければならない。リン脂質による膜状組織では、疎水部分の脂肪酸内の二重結合のために結合(おそらく分子間力による結合)が弱くなり、流動性が生じる。このため膜を通した物質交換が可能なわけだが、タンパク質のβシートは水素結合によって分子同士が結合しているため、そう簡単には結合は弱まらない。よって、βシートは膜状組織を作れても生体膜としての機能を果たせない、といえるだろう。以上より、生体膜を形成するには脂肪酸の極性が低いという性質が重要であり、アミド結合内に必ず極性の高い酸素原子をもつタンパク質では生体膜を作れない、と考えられる。

A:タンパク質のβシートで生体膜を作れないか、というアイデアは非常に良いと思います。ここで考察されているように、タンパク質の生体膜だと流動性を持たせるのが難しいでしょうから、機能的にはかなり限定されてしまうでしょうね。


Q:細胞膜に多く含まれるリン脂質分子は親水性である頭部と疎水性である尾部をもつ。これは石鹸などに使われる界面活性剤分子と類似しているが、尾部の構造が両者で異なっている。リン脂質分子の方は疎水性の尾部が2本あるのに対して、界面活性剤分子の尾部は1本である。この理由を考察してみた。リン脂質分子の方は水中で二重層を形成する。そのため、尾部で安定感を保つためにも頭部とバランスをとれるように尾部が二本存在すると考えられる。一方で界面活性剤分子は尾部が一本であり、円錐の形と似ている。水中ではこれが集まり、ミセルという球体を形成する。このように、同じ構成成分だとしても、形により性質が異なる。つまり、リン脂質分子の頭部が大きければ界面活性剤の役割を果たすのではないだろうか。

A:目の付けどころは良いと思います。あとは、二重層とミセルという形状が、それぞれどのような役割を果たしているのか、という点を考察すれば、構造と機能を結び付けることができて完璧です。


Q:動物性の脂肪酸よりも植物性の脂肪酸の摂取を推奨される理由について疑問を持った。講義でも触れられたように仮にヒトの体内で脂肪酸が100%分解されるならば植物性であろうが動物性であろうが問題はないだろう。これに対して講義で示された解決案は、摂取した脂肪酸の20%が分解されずそのままヒトの脂肪酸として使われるため飽和脂肪酸の多い動物性の脂肪酸は摂取を控えるべきだというものであった。これはあくまでも動物性の脂肪酸そのものが人体に悪影響であるという考え方だと解釈している。これについて考えてみたい。20%分解されないというのは言い換えれば、動物性の脂肪酸のみを摂取しても、ヒトの脂肪酸になるものは全体の20%を超えないということである。動物性の脂肪酸がよくないという言質を信じるならば、この動物性の脂肪酸が人体の脂肪酸の構成割合の20%に近づくほどに健康を害するということになる。しかし、実際には肉しか食べない偏食のヒトはある程度存在している。すぐにでも健康被害が出そうだがそうでもないからこそそういった生活を続けられるのだろう。むしろ分解割合を考えると、いわゆるコルステロールが病気の原因になるのならば、ヒトの脂肪酸の合成に何らかの要因があるように思われる。もちろんそれには摂取した脂肪酸の違いによる促進抑制などが影響しているかもしれない。

A:「動物性の脂肪酸は摂取を控えるべきだ」なんて言いましたかね?講義の中では、人にあれこれ指示するような言動を取らないようにしていたつもりでしたが。「すぐにでも健康被害が出そう」といった感覚はあてにならないと思います。ヘビースモーカーでも長生きをする人はいますが、だからと言ってタバコが体に良いという議論は成り立ちませんから。


Q:今日の授業では生体膜と脂質について学んだ。授業の中で生体膜の形は脂質の頭部分と脚部分の大きさの比率で決定されるとあった。ということは、たまたま例えば頭の大きい脂質が集まったら生体膜は丸くなるなど、完全に生体膜の形は脂質に依存しているのだろうか、という疑問が生まれた。自分は逆の方がしっくりくる気がしてならない。つまり、生体膜を例えば丸い形にしたいから、頭が大きい脂質を生成するという流れの方が生物の機能的な細胞の働きを説明しやすいように思える。

A:「したいから」という表現は、擬人的なものですから、やや誤解を招く恐れがあります。基本的には、丸い形が効率的なある生体膜の成分として頭が大きい脂質を使う生物は、そうでない生物よりも子孫を残す確率が上がるだろう、ということでしょう。そのあたりの進化の話は、講義の最後の方でやるつもりです。


Q:2013/05/26の日本経済新聞に、愛知工業大学の教授と米国の研究者が体内ですぐに分解されることなく持続的に哺乳類の免疫を高める機能がある核酸化合物をコレラ菌から見つけたとの記事があった。基本的に、体内に取り込まれた糖類やタンパク質、脂質などは体内で一度すべて分解されて、生きる上で必要な化合物はそこから再合成される。だからたとえばコラーゲンと呼ばれるたんぱく質は肌の張りを維持する役割を担っているが、だからといってコラーゲンを食べ物から摂取しても、そのコラーゲンがそのまま肌の張りをもたらしているコラーゲンになるとは考えにくい、という話が講義で取りあげられた。見つかった化合物が新聞に取り上げられるほど注目されているのは、体内で分解されないのに免疫を高めるという機能がある化合物であったためだろう。では、なぜこの化合物は体内で分解されずに免疫を高める機能を発揮することができるのだろうか。この話を聞いて私が連想したのは葉緑体の共生説であった。葉緑体が初めて共生を始めた時も、共生させた主が酵素を持たないなどの理由で葉緑体を消化するすべを持たなかったので、共生してしまったのではないだろうか。今回見つかった化合物はただの化合物で生物ではないかもしれないが、生物の体は自分に利益をもたらす物質を何らかの方法で判断し、案外簡単に受け入れてしまう機能を持っているのかもしれない。

A:面白いレポートだと思います。消化のされやすさと健康の関係については、アレルゲンとしてのタンパク質の話を別の機会にする予定です。


Q:今週の授業では主に脂質について扱っていた。授業の中で脂質には様々な形が存在し、その形によって形成される物質(両親媒性物質)が違うことを学んだ。親水性の部分が疎水性の部分より大きいものの中に、その逆で疎水性の部分が親水性の部分が入り込んだ形のLiposomと呼ばれるものや、単純に親水性のものが球状に外に向いているMicelleなどだ。この話を聞いて、逆に両親媒性物質を水性の液体中ではなく油性の液体中に入ったら水性の時と同じく脂質は両親媒性物質を構成するのか、また構成するとしたらどのような形になるのかと疑問に思った。私は油性の中に脂質が入ったら水性の際とは逆に疎水性の部分が外側を向き、親水性の部分が内側を向いた両親媒性物質を構成すると考えた。両親媒性物質の形もLiposomやMicelleと同じような形の物が構成されると思う。可能なのか文献を調べてみたが以上のことが書いてある文献は見当たらなかった。文献が見当たらない理由として、この疑問がそもそも起こりえることが決してないことであるため疑問として成立していないことが考えられる。

A:面白いアイデアだと思います。最後の「起こりえることが決してない」というのは、生物の体は水が主成分だから、ということでしょうか?単純に物理的には十分起こりうることだと思います。


Q:講義内で先生はクロロフィルも脂質の一つであるとおっしゃいましたが、もしそうであるのならば生体膜にクロロフィルを用いた方がより効率よく光エネルギーを吸収出来るのではないだろうか。まずクロロフィルとは『ポルフィリン環と呼ばれるヘムとよく似た構造の中央にマグネシウムが配位し、フィトールという炭化水素の鎖がくっついた形(園池公毅;光合成の森・新しいクロロフィルの研究より引用)』である。すなわち親水基が非常に大きく、疎水基が一本鎖なので曲率が大きくなるためクロロフィルはミセルを形成するのである。したがってクロロフィルのみで生体膜を形作るのは難しいと考えられが、立方体の八つの頂点のような大きな曲率が許される点への配置は可能ではないだろうか。膜において脂質は流動的であると言うが、細胞壁などの角では曲率の大きな脂質は滞在しやすいと考えられ、クロロフィル同士が流動してミセルを形成しないと仮定した場合は各点に配置されることが予想される。ところが、この配置には隣接した細胞のクロロフィルが近くに存在してしまったり、太陽光に近いクロロフィルの影に入ってしまう可能性があるため、光の吸収に難が生じるという弱点がある。以上より、前述の仮定を無かったものとしてもミセルを形成して細胞内を流動している方が効率よく光を吸収でき、生体膜には不向きである事が分かる。

A:これもアイデアが面白いですね。むしろクロロフィルが生体膜に埋め込まれている時の問題点は、その機能の制御がしづらい、という点かもしれません。実際のクロロフィルは、タンパク質にかなり厳密に埋め込まれて、勝手な位置に動かないようになっているようです。