生物学通論 第2回講義

生体物質とタンパク質の構造

第2回の講義では、生体を構成する物質とタンパク質の構造について解説しました。最初なので、寄せられたレポートをすべて載せておきます。レポートに要求されているのは、調べたことを書くことではなくて、自分の考えたことを書くことであることなので、その点を注意してください。


Q:人間の細胞を形成する細胞、遺伝子やたんぱく質などを作る際、選択的に片方の構造のみを利用することに非常に関心を持ちました。違った視点でみれば、構造異性体を選択的に片方に統一することで安定的な体を作っているということだと思います。現在の人間の科学力で構造異性体をすべて選択的に片方だけ作り上げるのは難しいと聞きましたが、実際少し前にメディアで話題となったES細胞や人の皮膚から作った万能細胞などはどうなのかと考えました。ES細胞は体外において増殖が可能であり、理論上ほぼすべての組織に分化することが可能と聞きました。この細胞も組織を作るために選択的統一を行っているのであれば、再生医療の研究と共に、構造異性体の選択的生成の研究にも使えるのではないかと思います。私はこのES細胞の話を聞いた際、試験管の中で心臓や肺、皮膚などが培養されているイメージをしましたが、先週の講義を聴き、人間が選択的に統一できない状態でどのようにES細胞に組織を作らせていくのかも疑問に思いました。栄養を分解し吸収できるわけではない細胞にどのように材料を供給し組織を作らせるのか。万能細胞についてもやはり同じ疑問が残ります。たとえば異性体が混在しているなかで細胞が構造異性体の片方を選び組織を作っていくとして、完全にそれが片方のみを選んだ形で出来上がるのでしょうか。講義で話題に上がったように、完全に人間と逆の異性体のみで出来上がるというような心配はないのか。上記したように細胞がすでに選択的に片方で組織を作っているので、単純に考えれば構造異性体が混在した中からでも作ることは容易であるのかもしれませんが、今回の講義を聴き、非常に疑問に思った点です。

A:誤解を招いたかもしれませんが、生物の力を借りれば人間も立体異性体を選択的に作ることができます。純粋に化学的に合成しようとするとラセミ体になってしまう場合でも、細菌や酵母を利用すれば、片方の立体異性体だけを作ることができます。実際、アミノ酸などは生物の発酵を利用して片方だけを作っています。ES細胞というのは、人工的な印象を与えるかもしれませんが、あくまで生物の働きの枠内でのものなので、細胞の中のさまざまな物質は、きちんと元の生物と同じ立体構造を持っていると考えられます。


Q:授業では人とマツの構成元素について扱ったが、人に比べてマツは炭素以外の割合が減っているために炭素が単独で増えたと結論づけました。炭素の割合だけ相対的に増えている原因を考えると、植物が栄養分を得るのに欠かせない光合成が大きな役割を果たしていることが考えられる。
6CO2 + 12H2O → C6H12O6 + 6H2O + 6O2
 上の光合成の反応式を考えると大気中の炭素を取り入れる機構になっている。人間は食事を摂ることにより炭素を取り入れているが、植物も根からの水・養分吸収など人間でいう食事に相当する機構がすでにあり、植物の方が炭素を吸収する機構が発達していることが推測される。植物にセルロースにより出来た細胞壁が形成できるのも光合成により生成されたグルコースを生体内で重合してセルロースになっている。一度セルロースになると反応性が低くなる。この反応性の低さが炭素の割合を減じるのを阻止しているのではないかと考えられる。

A:最後の部分、反応性の低さが重要であると考えたところが素晴らしいと思います。このような点に気づくかどうかが、研究者としての資質を決めるといってよいでしょう。


Q:タンパク質とはどのような物なのだろうか。一般的に、20種のアミノ酸がペプチド結合で長く結びついたものとされる。タンパク質は生物に固有の物質であり、その合成は生きた細胞の中で行われ、合成されたものは生物の構造そのものとなり、あるいは酵素などとして生命現象の発現に利用される。タンパク質合成時にアミノ酸は、遺伝情報に基づいて連結される。遺伝子情報がむしろ固有の情報であり、タンパク質合成の過程で個体差が現れ、それが結果的に個体の優劣に繋がっていく。DNAが設計図であるなら、実際に建築された建物の素材一つ一つがタンパク質に当たる。

A:これは、事実の総括としては申し分ないのですが、著者の「考え」が伝わってきません。この講義のレポートでは、「自分なりの論理」を評価しますので、そこを考慮してレポートを書いてください。


Q:タンパク質は熱によって変性を起こす。これは、熱を加えられることで水素結合・ファンデルワールス力など分子内の弱い結合がきれ、タンパク質の立体構造が崩れることによっておこる性質である。しかしここで疑問であるのが、近年話題になった熱水鉱床の生物についてである。これらの生物は常に100℃以上の高温にさらされているにも関わらずタンパク質は変形することなく生命を維持している。これらの生物を構成するタンパク質は疎水性のごく一般的なものであるものの、ホールディングというタンパク質の折りたたまれ方が異なっており、分子内の空間が狭く、水分子が入りにくい構造になっているため、加熱にも耐えられる強い分子構造になっているのだと考えられている。
参考URL:深海の超好熱古細菌が作る、未来の水素社会http://wiredvision.jp/blog/yamaji/200805/200805230200.html

A:好熱生物のタンパク質構造のついては、古くから研究があり、水素結合やシステイン残基間のジスルフィド結合などが関与している例が知られています。レポートとしては、自分なりの視点がもう少し明確に出るともっとよくなるでしょうね。


Q:植物と動物の体のを構成している元素の違いを学んだ。同じところもあり違うところもあった。自分的には割と似たような作りになっているんだなと感じた。自ら光合成で養分を作り出せる植物はうらやましいなと思った。

A:これは、感想であってレポートではありません。


Q:たんぱく質の機能は三次構造・四次構造によって決定される。同じ配列からなるたんぱく質であっても立体構造によって機能が変わる。例えば、BSEの原因となるプリオンたんぱく質は、正常なプリオンとは構造が違うだけであり、他は同じである。多くのたんぱく質では圧力・熱・pHが変化することにより、三次・四次構造が変化し、機能(活性)を失ってしまう(変性)。変性したたんぱく質は水素結合・疏水結合・イオン結合が破壊され、全体的に疎らな構造が増したペプチド鎖の緩んだ状態となる。また、一度変性したたんぱく質を元の高次元構造に戻すこともできる(たんぱく質の再生)。これは、畳み込まれたペプチド鎖を一旦完全に解き、時間をかけてゆっくりとペプチド鎖を畳み込むように条件を細かく調整・変化させていくことで可能である。

A:これも、タンパク質の構造の説明としては悪くありませんが、この講義のレポートとして要求されているのは、自分なりの論理です。重要なのは、調べた結果ではなく、その結果、自分が何を考えたかです。


Q:卵はなぜ茹でると凝集するのか。これは加熱により螺旋構造が崩壊していく際に、らせん構造中の親水性の部分と、疎水性の部分がそれぞれで集まり、凝集することによる。加熱によりタンパク質の構造が崩壊するわけであるが、これを維持する物質がシャペロンやシャペロニンである。特に授業と関係があるわけではないし、まだ研究段階に入っているわけではないが、私はシャペロンやシャペロニンを層間ケイ酸塩鉱物やorganoclayにintercalateしたり、sol-gel processなどによりentrappingしたり、シリカの表面にgraftingすることで新たな機能(タンパク質構造の保持など)をもつbiohybridが形成できるのではないかと思っている。実際、高分子などもintercalateされたり、graftingされるので、具体的な実験手法は思いつかないが、そのような応用も考えられるのではないだろうか。

A:アイデアは面白いですね。もう少し具体的にできることまで考察できれば満点ですが、レポートとしてはまあよいと思います。生物の起源に関する一つの説として、粘土などによる分子の吸着が大きな役割を果たしていたのではないか、という説もあります。


Q:タンパク質には一次構造、二次構造、三次構造、四次構造がある。一次構造とはアミノ酸がペプチド結合により横一列に結合したもののことである。二次構造とは、主鎖のアミノ基とカルボキシル基間の周期的な水素結合によって形成される。主なものにαへリックス、βシート、βターンがある。三次構造とは、三次元構造の事であり、一次構造によって概ね規定される。このことをアンフィンゼンのドグマという。変性し、活性が完全に失われたタンパク質が、溶液条件が整えば、元の構造に戻り、活性が復活したことから発見された原理である。この原理が発見されたことにより、アミノ酸配列情報のみから三次構造を予測することやアミノ酸配列の工夫により人工タンパク質がつくれることの可能性を示唆していう。四次構造とは、三次構造の集合体の事である。生体内で機能しているものにはこの構造をとるものが多い。  アンフィンゼンのドグマが発見された経緯を知った時、授業で習った「卵をゆでるとなぜ硬くなるのか?」という問いをもう一度考えてみた。参考文献にて「タンパク質は熱を加えるとすぐに崩れるが、多くの場合、溶液条件が整えば試験管の中で自発的に元の構造に戻れる(フォールディングとよぶ)」という部分を見つけたのだが、どんな溶液につけたとしてもゆで卵は戻らないだろう。授業の説明によると、一分子一分子が、加熱によりバラバラになり似た者同士が集まって安定になろうとするとのことであった。アンフィンゼンのドグマの発見につながる実験ではジスフィルド結合をすべて切断したのち適当な溶液に浸すと特定の組み合わせが自発的に選ばれた。卵も、一分子一分子バラバラにしたのち凝集する前に適当な溶液に浸せば元のタンパク質に戻るのだろうか。実感が湧かず、不思議に感じる。

A:この講義のレポートとしては、後半だけでも十分です。後半部分の説明のために前半の部分が必要だと考えた場合には、前半をつけてももちろん問題はありません。あと参考文献からの引用をする場合は、出典を必ずつけるようにしましょう。最後、実感がわかないのは、そもそも凝集したタンパク質を一分子一分子ばらばらにするのが事実上難しいので、それを前提にした論理が受け入れづらいということがあるかもしれません。それでも、大腸菌に作らせたタンパク質が凝集してしまった場合、それを変性剤で一度溶かして、そこからゆっくり変性剤を除くことによって本来のフォールディングの状態に戻すことは可能で、よく実際の実験として行われます。


Q:タンパク質が熱を加えられることにより不可逆的に硬化するメカニズムを学習した。 ところで、シャペロンとはタンパク質が熱などのストレスを受けた時にも正常に働くように助ける物質であったが、では、熱硬化が進んではいるがまだ水に溶けた状態のタンパク質にシャペロンを滴量加えることによって、この熱硬化が停止・後退することは全くあり得ないのだろうかと疑問に思った。これを調べてみたところ、シャペロンDnaK・DnaJ・GrpE・ClpBの全てをタンパク質の凝集体(44℃)に作用させ、常温(25℃)に戻すと凝集体は消失するとのことであった。(*) 経験的に、一度茹でて固まった卵は再び液状に戻ることはないし、授業における説明をふまえてもそれが理解できる。
 しかしシャペロンがタンパク質中に存在する物質であるから、熱で硬化してしまったタンパク質から脱出できずに逆の反応を起こすことが出来ないと考えたとして、シャペロンを物質として取り出し、外的に硬化しかけたタンパク質に作用させたならば状況は変わるかもしれない。けれどもやはり文献(*)に、シャペロンがどのような状況にどのように働くのかや、共同作業や分業作業の詳細はまだ完全に分かっていないとあった為、今後もシャペロンについて注意深く学習していきたいと考えた。
(*) 参考文献:「タンパク質の一生」(2000・共立出版) 中野明彦・遠藤斗志 編

A:同じ「タンパク質の一生」というタイトルの本が岩波新書から2008年に出ています。これは、歌人でもある永田和宏先生のお書きになったものですが、なかなか面白いですよ。


Q:地殻の成分を考えると、Si、O、Al、…が多く存在する。生物を構成する元素は地球に存在するものが使われるにも関わらず、O、C、Hが大半を占めている。生物はO、C、Hなどがあれば生きていけるのだろうかと思った。ここで大気を構成している物質を考えたとき、O、H、Nは多く含まれていてさらに植物はCを簡単に手に入れることができるので、こちらのほうが近い気がした。またCaとPは結合して骨の主成分であるリン酸カルシウムを作るが、体重に対する骨の重さを考えると、Ca、Pの重量%が小さいように感じた。実際骨が軽いか、リン酸カルシウムの割合がそこまで高くないのだろうか。

A:レポートとしてはもう一息。考えようとする姿勢は感じられますが、最後の部分など、疑問(open question)で終わるのではなく、自分なりの論理でもよいので「こうなのだろう」と結論してほしいところです。