生化学I 第12回講義

代謝の基本

第12回の講義では、最初にWEB情報を無批判に信用することの危険性について述べた後、基本代謝の基礎知識について解説しました。以下に、質問に対する回答と、6つのレポートをピックアップしてコメントをつけて掲載しておきます。

質問に対する回答

Q:高校の時にピルビン酸はC3H4O3とならいましたが、今回の授業のスライド中ではCH3-CO-COO-となっていました。Hの数が違いますが、どちらも同じピルビン酸を指すのですか?

A:その通りです。高校では化学は未履修かな?ピルビン酸も酸なので、pHによっては水溶液中ではプロトン(H+)が解離します。なので、Hが一つ減って、さらに正電荷が減るので、最後にマイナス記号が付くわけです。


レポートとそれに対するコメント

Q:今回は代謝に必要なエネルギーについて考えていこうと思います。私が思ったのは、どうして脂肪組織だけ他の臓器や組織に比べて代謝量が小さいのだろうということです。この理由としてまず考えられるのは、脂肪組織が他に比べて役割が少ないのかなということです。脂肪組織の主な役割が体の脂肪を作ることであることを考えると、役割が少ないとは言えないのではないかと思います。私たちの日常生活において脂肪はすぐつくか全然つかないものかと言われると前者が多く声が上がるのではないでしょうか。そして脂肪のつきやすさは個々人でかなり差が生じやすいものであるようにも思えます。よって脂肪組織の代謝に必要なエネルギーが他に比べ著しく小さい理由として考えられることは、脂肪組織の代謝に必要なエネルギーには他に比べて個人差による変動が大きく、この想定された人が、脂肪が付きにくい体質であったということだと考えます。

A:脂肪をつくるのが脂肪だったらその可能性もありますが、脂肪を合成するのは酵素ですよね。その場合、合成されて蓄積されている脂肪には、使われるまで積極的な「役割」がありません。とすると、蓄積されている脂肪の重さを考慮すると、当然、重さあたりの消費エネルギーは小さくなりますよね。「役割」を考えるときには、ふわっと考えずにその実体を考えてみましょう。それが生化学です。


Q:解糖系の反応において、自由エネルギー差が大きい部分でアロステリック調節を行うということであったが、自由エネルギー差が負になっているということは反応が自発的に進行するということである。ということは、その反応を触媒する酵素を制御しても反応は進んでいるということになる。そのため調節を成立させるためには、その先の酵素反応を促進して自発的な反応より速く反応させて生成物が消費されるようにするか、もしくは逆反応を起こす必要があると考えられる。逆反応はエネルギーを消費することになるので、あったとしてもそこまで多くはないと思われる。したがって、酵素を増やして生成物の反応量を増やし速度を上げると考えられる。以上より、自由エネルギー差が負になっている場合、1か所で酵素が使われると代謝をコントロールするために他の反応でも酵素が必要になり、連鎖的に酵素が増えていくと考えられる。生体内のほとんどの代謝反応は酵素によって触媒されるということであったが、これは代謝反応の多くが自由エネルギー変化が負になるということに起因するのではないかと考えられる。
参考文献 須藤和夫 山本啓一 堅田利明 渡辺雄一郎 訳 エッセンシャル生化学第3版 株式会社東京化学同人 2018年7月6日

A:まだ誤解があるようですね。自由エネルギー差が決めるのは反応の方向であって、反応速度ではありません。一方で、酵素が変えるのは、自由エネルギー差ではなく、活性化エネルギーとその結果としての反応速度です。この点は何度も強調していると思うのですが、それを誤解したままだと今後なかなか大変ですよ。


Q:今回の授業ではテレビといったメディアに対する疑いの目を持つということを習った。そこで私はコロナの感染者数増加について疑問を持った。今週、感染者数が過去最多だと報道されていた。だが、いったいそれはどれほど信じられるのだろうか。東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトによると、7/11~7/30は感染者率がほとんど変わっていない。だが、テレビ報道ではさも感染者数が増えているから危険だ。などと言われている。ここからテレビ報道において視聴者の不安を煽り、真に大切な情報を伝えないことが問題であると思う。だからこそ私は感染者率を報道するべきだと主張する。
参考文献「東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト」https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/

A:感染者率というのは、検査における陽性率のことでしょうか。その場合、情報のかってな改変は、それ自体、してはならないことであることを認識してください。また、初期のように感染者の濃厚接触者以外の検査を抑制していた状態から、検査対象を拡大していった場合、陽性率はどうなると予想しますか。また、そのことを考慮に入れると、検査人数が増加していて、かつ陽性率が同じであった場合、感染状況はどうなっていると解釈すべきでしょうか。何かを主張するのは、情報の意味をきちんと論理的に考えてからにしましょう。


Q:私が今回気になって考えたことは、冬眠に関する事柄である。講義内では、体重70kg、体脂肪率約20%の男性の安静時におけるエネルギー消費についての説明を受けた。この時の「安静時」に関して、真っ先に思いだしたのが冬眠である。冬眠はエサの少ない季節にエネルギーの消費を最小限に抑えるために動物がとっている行動だという認識があり、実際に冬眠しているクマのエネルギー事情はどうなっているのかを、ツキノワグマを例に考えてみることにした。
 ツキノワグマはオスの体重70kg、メスの体重60kgと、ほとんど人間と体重差はないと考えて良い。本川達雄著「ネズミの時間 ゾウの時間 サイズの生物学」では、標準代謝量は体重の約0.75倍とされているが、今回は体重がほとんどおなじということから、講義中のデータをもとに、ツキノワグマの標準代謝量は一日1700kcalとする。また、石川県白山自然保護センターによって平成24年3月に発行された、「ツキノワグマの生態」によれば、ツキノワグマの冬眠期間はだいたい160日(11月~4月)であり、冬眠前の時期は主にどんぐりを食べている。また、どんぐり10個(40g)あたり約100kcalである。このことから考えると、冬眠期間中(安静時期中)にツキノワグマが消費するカロリーは、1700×160=272000kcalである。この分を賄うために必要などんぐりの量はおよそ27200個である。ツキノワグマのエサとなるのは当然どんぐりだけではないので、もっと理論的な数は減ると考えられるが、あくまでも主食はどんぐりであるため、理論値は15000個を下回らないのではないかと考える。しかも、どんぐりを食べる(探す)探すためには運動しなけらばいけないため、冬眠前の短期間でのエネルギーのため込みは簡単なものではないと考えられ、かなり大変で大切な時期であることが考えられる。このことは、クマが夏に交尾するものの、妊娠は秋であること、つまり、子グマを生めるかどうかは、冬眠前の貯め量次第ということからも、重要であることがわかる。よって、厳しい冬を乗り切るために、それ以前からツキノワグマは準備しており、エネルギの観点でいえば、命をつなぐためにもギリギリの状態で生きていることが予想され、人里に高いエネルギーの作物を求めてやってくることにもつながっているのではないかと考えられる。
参考:本川達雄著 ネズミの時間 ゾウの時間 サイズの生物学 中公新書 2017年12月25日、https://www.wwf.or.jp/activities/opinion/2268.html、https://www.pref.ishikawa.lg.jp/hakusan/publish/sizen/documents/sizen32.pdf(本文中、「ツキノワグマの生態」のpdf版) https://calorie.slism.jp/105020/

A:いろいろ考えていて面白いのですが、読みながらどこかで、冬眠中の代謝速度の話が出てくると信じていたのが裏切られました。普通は、そこが落ちになりそうなものですが・・・。


Q:今回の授業で、植物の師管液中にはグルコースは流さないことを学んだ。ではどのような形で流れているのだろうか。ここでメープルシロップを考えてみると非常に甘いことがあげられる。また光合成でスクロースが生じることからスクロースと考えられる。ここで、生じる疑問は樹液をなめる昆虫と師管液を吸う昆虫の寿命の差である。具体的な例としては、セミとカブトムシである。セミは木の幹に口吻を刺して師管液を飲む。一方カブトムシは樹液をなめる。もともとはどちらも師管液なのでスクロースをとっていることに変わりがないと考えられる。ではなぜセミは地上では2~3週間しか生きられないのだろうか。私は、セミが成虫になった段階でスクロースを効率よく分解してくれる酵素を失うためではないかと考える。セミは幼虫の状態で、7年ほど土中で過ごす。この時も同様に木の汁を吸って生きている、つまりこの時はまだスクロースをグルコースに分解する酵素を持っていると思われる。カブトムシはその酵素を持ち続けているということである。その酵素をセミは羽化するときに何らかの理由で失ってしまうのではないだろうか。
 生命の基本方針が子孫を残すことだと考えると、夏という過酷な状況の中で長く生きるよりも土中で長くい来ることのほうが負担が少なくまた、どうせ短い命ならばスクロースの分解にエネルギーを使うのではなく、スクロースのまま利用すればよくなったのではないだろうか。またスクロースは貯蔵すると浸透圧が高くなってしまうのでいずれにしろ、セミは長く生きられないのではないだろうか。

A:僕は昆虫には詳しくないので、実際のところが同高は知りませんが、直感的には違うのでは、と思います。しかし、このようにユニークな考え方は、僕の講義のレポートには歓迎します。


Q:今回の授業では植物の個体内で起こる呼吸や光合成といった反応を電子の動きや分子の流れから考察した。還元型補酵素やエネルギー通貨のATPはどちらも分子中にリン酸の構造やリンを含んでいる。また、ここから思いつくのは、核酸の構造にもリンが含まれていて、生物の体を構成する主要な物質はタンパク質だがその生成にはリンやリン酸の存在が欠かせないのではないかと推測した。そして、私はこのリンという物質と植物の共通点や接点を考えたとき、肥料があることに気が付いた。受験勉強で理科をやっていた時に、肥料の主要な3種類はカリウム・窒素・リンだと学んだ。当時はどうしてこの3種類なのか意味も分からずただ覚える作業しかしていなかったのでこのレポートではこの3種類の生体内での役割や肥料の有効性について考察したいと思う。
 まずはリンについて述べる。家庭菜園などで使う肥料のパッケージに効果が書いてあって、そこには花成・結実を促すと書いてある。厳密には花成ホルモンや日照時間など様々な要因があるだろうが、植物はある程度成熟しないと花成・結実をしない。リン酸は、ヌクレオチドのホスホリン酸ジエステル結合などに見られるように、おもに核酸の構成要素として存在している。つまり、肥料として植物が吸収することによって、DNAを複製するときに、より早く複製をすることが出来たり、早く複製することによって個体内のDNAの存在量が増加したりして、一度の複製によって多量のDNAを複製できる。この結果、植物の成長・成熟が促進されて花成・結実が促される。
 続いて、窒素について私は窒素固定細菌と窒素固定という反応があることを知っているので、以下のように考察した。窒素はアミノ酸の原料になるが植物は直接吸収できず、根粒菌の1種の窒素固定細菌の窒素固定という反応によって吸収している。その吸収された窒素はアミノ酸やタンパク質の合成に使われている。合成されたタンパク質は光合成系タンパク質(クロロフィルなど)に使われている。つまり、肥料として加えることによって、クロロフィルの合成が促進され、植物の単位時間当たりの光合成反応の量が増えることがわかった
 最後にカリウムについて、このカリウムはアミノ酸の構造式や核酸に含まれる分子など生体を構成する分子にはほとんど含まれていない。私は、すでにカリウム?ナトリウムポンプという仕組みが生体には存在していることを知っているので、このポンプとカリウムを含んだ肥料との関係を次のように考察した。ナトリウム?カリウムポンプは細胞膜に多く存在し、イオン勾配を作り出す。ナトリウムは細胞外に排出され、カリウムイオンは細胞内に取り込まれる。細胞内から細胞外へ全てのナトリウムイオンが排出されると、電気的勾配と、単位体積当たりのイオン数による濃度勾配が発生し、この勾配を平衡状態に戻そうとナトリウムイオンが大量に細胞に流れる。この時、同様に電気的勾配も平衡状態に戻ろうとして流れを起こす。この電子伝達は、今回の講義で学習した電気伝達系の反応を促進させるほか、その他さまざまな反応を促す。つまり、カリウムを肥料として与えると、次のような順序で成長が促される。まず細胞外カリウムイオンが100個、細胞内にナトリウムイオンが100個あったとする。肥料として与えると、例えば150と100になる。そうすると、100と100の時に比べて勾配がきつくなる。これによって、平衡状態に戻ろうとする電子の流れの勢いも増すので、その電子が作用するすべての反応速度が促進される。つまり、植物の成長が促進される。
 以上のように、肥料は植物の成長を促進させるうえで非常に重要であるということがわかった。
参考資料:第12回の講義資料、エッセンシャル生化学第3版 p3、207

A:面白いと思いました。リンの重要性は、生命の起源を考える上でも重要なポイントだと思います。窒素については、植物生理学でもきちんと説明する予定です。カリウムは、動物と植物では全く異なる役割を果たします。どのポイントもそれぞれ重要なので、これからまた講義に出てくることがあるでしょう。