生化学I 第10回講義

社会と科学・糖とその重合体

第10回の講義では、最初に、WEB上などに氾濫するさまざまな情報の真偽を判断するうえて重要なポイントについて医薬品やサプリメントを例に解説したのち、糖とその重合体について簡単に紹介しました。以下に、寄せられたレポートのいくつを、コメントをつけて掲載しておきます。。


Q:講義10では、ガンの予防や治療にはビタミンCが有効かそうでないかという議論が展開されていることが示された。私はこれに対し、ビタミンCはガンの予防に有効ではないと考える。この理由を以下に示す。まず、ガンの原因は、簡単に言えば遺伝子の異常である。つまり、出来るだけ正常な遺伝子が保たれるようにすれば良いということだ。そのためには、遺伝子を構成する物質を十分に摂取する必要がある。遺伝子を正常に保つために、塩基の欠損や置換が起こらないようにするためである。ここで遺伝子の成分を考える。遺伝子はDNAの一部であるから、成分はデオキシリボース、リン酸、塩基である。つまり、糖、リン、(リンの吸収を促進するビタミンD)、複素環式化合物(その成分は炭素、酸素、窒素、硫黄など)である。ここにはビタミンCは含まれていない。つまり、ガンの予防や治療にはビタミンCは有効でなく、遺伝子を構成する物質をそつなく摂取することが最も重要であると私は考える。

A:このレポートは、自分できちんと考えているという面からは評価できます。ただ、論理構成にやや問題があります。「(1)ガンの原因は・・・遺伝子の異常である」は、まあ良いでしょう。「(2)出来るだけ正常な遺伝子が保たれるようにすれば良い」も、よいと思います。「(3)そのためには、遺伝子を構成する物質を十分に摂取する必要がある」は、これ自体はよいのですが、ここの論理は、(2)ならば(3)である、ということです。この論理が正しい場合、その対偶「(3)でなければ(2)でない」は正しいのですが、逆「(3)ならば(2)である」は正しいとは限りません。つまり、「遺伝子を構成する物質を十分に摂取しないと」と「正常な遺伝子が保たれない」は正しくても、「遺伝子を構成する物質を十分に摂取する」と「正常な遺伝子が保たれる」とは言えないのです。つまり、「遺伝子を構成する物質を十分に摂取」してもビタミンCを摂取しないと「正常な遺伝子が保たれ」ない可能性は残ります。サイエンスでは、論理は非常に重要です。


Q:今回の講義では、プラシーボ効果や糖について学んだ。プラシーボ効果は人の思い込みによって、本来効き目のない薬が体に効くといった効果であるが、では思い込みによって、人をどこまで左右することができるのだろうか。プラシーボ効果は人間にとってプラスの効果だが、その逆もまた存在する。ノーシーボ効果である。19世紀に行われたブアメード実験は、目隠しした状態で被験者ブアメードの足の指を少し切り、ある一定量の血が出たら死ぬと脅しながら水滴を垂らし、あたかも自分が出血しているように見せ、体調の変化を見る実験である。もちろん、実際の出血は僅かですぐ止まるのだが、彼の体調は次第に悪くなり最終的には死ぬのである。人を死にさえ追いやる思い込みの力なら、どんなことも可能なのではないかと考えられてしまう。本当にできると思い込めば、人は空をも飛べるかもしれない。

A:講義で、WEB情報を無批判に信じてはいけない、と話した回のレポートしてこう書かれるとがっかりしますね。ブアメード実験の元の出典を確認しましたか。おどろおどろしくて興味を引く「実験」ではありますが、おそらく最初の出典にはたどり着けないと思います。悪魔の証明は難しいのですが、個人的には都市伝説の類だと考えます。このような場合、せめてレポートに情報の出典を記載しておけば、その真偽を出典にゆだねることは可能ですが、このレポートのように、あたかも自分が調べたかのように書いてしまったら、著者がすべての責任を引き受けなくてはなりません。いずれにしても、何かに準拠してレポートを書いたならば、その出典をきちんとレポートに記載するのは必須です。


Q:今回の講義で出てきた細胞壁について考察をする。細胞壁は動物細胞には存在せず、植物と菌類には存在している。細胞壁を作り上げている物質はセルロースであり、セルロースには構造を保つ役割がある。セルロースの構造はグルコースが裏返しになって水素結合とファンデルワールス力によって結合をしている。この構造について注目をする。セルロースと似たキチンという構造が存在する。セルロースと異なる部分はOHがアセトアミド基に変わるだけである。キチンは無脊椎動物の外骨格に用いられている特徴がある。このことから私は植物はキチンを持っていてもおかしくないと考えた。昆虫の外骨格に使われている構造の方がより内部を保てるはずだ。しかし、キチンのアセトアミド基にはNが用いられている。第一回の授業にて植物の構成物質でNは少ないと習った。このことを考慮すると植物がキチンを持っている可能性は少ないと考えられる。一方で菌類やバクテリアにキチンが含まれる可能性は大いにあると考える。
参考文献:田宮信雄,『ヴォート基礎生化学 第5版』,株式会社東京化学同人,2017年

A:今回の講義で得た知識と以前の講義で得た知識を組み合わせることによって一定の結論を得ている点が評価できます。単に植物はセルロース、無脊椎動物はキチン、と物質の名前を覚えるのではなく、なぜそうなのか、と意味を考えることが重要です。


Q:植物はグルコースをアミロース、アミロペクチンとして貯蔵し、動物はグリコーゲンとして貯蔵する。ここで、どちらが貯蔵物質として優れているのか考察する。今回、貯蔵物質として、それをいかに効率的に使えるかをその貯蔵物質の有能さとして考える。まず構造として、アミロースは直鎖らせん状の高分子、アミロペクチンはグルコース25個に対して1個程度の枝分かれのあるらせん状高分子、グリコーゲンはグルコース10個に対して1個程度の枝分かれのあるらせん状高分子である。ここでは、真っ直ぐ伸びた直鎖らせん状のアミロースのほうが枝分かれの多い複雑な構造のグリコーゲンよりも使いやすいように思える。そこで貯蔵のされ方について考えてみる。貯蔵の際、それらの高分子が密集することを考えると、集まりやすさは直鎖の方が大きくなり、枝分かれが多いと分子間にできるすき間が大きくなり、密度が小さくなる。また、貯蔵物質を使う際に働く分解酵素はすき間の大きい方が入り込みやすく、効率的に働くことができ、逆にすき間が小さく密度が大きいとその分解に時間がかかってしまうと考えられる。よって、動物デンプンとも呼ばれるグリコーゲンが貯蔵物質としてより優れていると考えられる。

A:グリコーゲンとの比較は、他のレポートでもありましたから独創的とは言えませんが、きちんと考えていてよいと思います。ただ、グリコーゲンが優れているのであれば、なぜ植物もグリコーゲンを用いないのか、という疑問が生じます。最後に、植物にとってはグリコーゲンよりもデンプンが適している理由を指摘できると素晴らしいレポートになるでしょう。


Q:今回の授業で、日常にある食べ物で例えば黒ウーロン茶は本当に中性脂肪の上昇を抑える効果があるのかについてホームページから判断する基準について学んだ。そこで、私は機能が似ているとされているからだすこやか茶と特茶のどちらのほうが、本当に効果がありそうか、それぞれのホームページに掲載されてある事項から判断していく。からだすこやか茶のホームページ(https://c.cocacola.co.jp/sukoyakacha/)に掲載してあるグラフを見ると、被験者はわずか30名程度しかおらず、効果に関しても、健やか茶との比較対象が「普通のお茶」としか書かれておらず茶葉の種類もわからないようになっている。一方、特茶のホームページ(https://www.suntory.co.jp/softdrink/iyemon/tokucha/about/)に掲載されてあるグラフは、被験者が200名程度とからだ健やか茶に比べると圧倒的に多く、また比較対象となっているお茶もケルセチン配糖体を配合しない緑茶飲料と明確に記されており、信ぴょう性がある。そして95%信頼区間も記されているため、ホームページ上の情報から判断すると、特茶のほうが脂肪減少に効果があると考えられる。
参考文献:https://c.cocacola.co.jp/sukoyakacha/ 2020・7・18閲覧、https://www.suntory.co.jp/softdrink/iyemon/tokucha/about/ 2020・7・18閲覧

A:比べてみると、ある程度差がありますね。どちらも特定保健用食品だとおもいます。特定保健用食品に指定されるためには、査読付きの研究雑誌にその機能についての論文が掲載される必要があるのですが、研究雑誌と言ってもピンキリですから差が生じるのかもしれません。また、購入者のターゲットの違いを反映しているのかもしれません。当然ながら、きちんと科学的なデータを考えて購入する人が多い商品の場合には、広告中にデータを示すことはプラスになりますが、雰囲気で購入する人がほとんどであれば、データを示す必要はないと考えるのが自然でしょう。その意味では、少しでも多くの消費者がきちんと根拠を調べて購入する姿勢を示すことは、情報の公開という意味でも重要でしょう。


Q:今回の講義の中で、体に良い効果があるといわれている薬や飲料について、科学的根拠の立証がなっていないという話があった。そこで、私たちの周りで根拠がよく分からないまま言い伝えられている「おへその掃除をすると腹痛がおこる」ことの科学的根拠を考えてみようと思う。おへそはヒトが胎児のとき、唯一母体と接続している部分である。そのため、おへその中の皮膚の構造が、ヒトの他の箇所の皮膚と異なった構造をしている可能性が考えられる。仮におへその皮膚が他の箇所より薄いと考えると、あまり意識せずにゴミを取り除いた場合、皮膚が容易に傷ついて菌が入り、痛みを引き起こすことも考えられる。だが、それが単なる“おへその痛み”ではなく“腹痛”と表現されているのはなぜだろうか。その理由として私は、おへその皮膚下には多くの神経が集中しているのではないかと考える。先程も述べたように、おへそは胎児と母体の唯一の接続部分であるため、胎児の頃はおへそが生命の維持に大きく関与していたと推測できる。胎児の頃重要な箇所であったおへそに、腹部全体の神経が集中しており、成長してもその神経が働くため、ただ一か所おへそを傷つけてしまうだけでも、腹部全体が痛いと感じるのではないだろうか。以上が、私が考える「おへそ」の言い伝えの科学的根拠である。

A:これは、非常に面白い点について着目していますし、考え方もよいと思います。惜しいのは、論理の根拠自体が「多くの神経が集中しているのではないかと考える」といった感じに、推測になっている点です。根拠が推測だと、全体の論理の信頼性にどうしても疑問符が付きがちです。どれか一つだけでも、明確な事実に基づく根拠があると、なるほど、というレポートになると思います。