生化学I 第1回講義

生体を構成する元素

第1回の講義では、ガイダンスの後、生体を構成する元素について、無味乾燥な元素組成の表から如何に生命の本質に関する情報を取り出すかという観点から解説しました。以下に、2つだけレポートをピックアップして、この講義で求めているレポートの書き方について説明します。


Q:1.生き物は何でできているのかについての考察
 植物(マツ)と比べて人体のほうが、Sが多いのはタンパク質を構成するアミノ酸の中に含まれているものだからだと考えられる。Sが含まれるアミノ酸はシステインとメチオニンがあるメチオニンは必須アミノ酸なので人体内では十分な量を得られないものの、タンパク質を食べずかつ体の構成に使っていない植物と比べれば圧倒的に多くなる。Sを食べない理由としては自然界中になかなかSが存在しないことにある。Sを持つのは動物であるが植物のほうが動物より早く上陸したことから考えてSを得ずにも生きていける植物が残った。しかしながらほかの物質と比べて減少率が最も少ない。これの理由として考えられるのが“植物は,硫黄を含むアミノ酸(システインとメチオニン)(中略)を合成できる”*1という性質である。この性質によって植物(マツ)のSの割合は人体に比べて1/20程度にしか減少せず減少率が微量原子の中で最も少なくなっているのだと考える。
2.引用
*1 須藤和夫 山本啓一 堅田利明 渡辺雄一郎 訳 エッセンシャル生化学第3版 p.401 右側4~9行目 株式会社東京化学同人 2018年7月6日

A:まず、引用はきちんと必要条件を満たしていますし、内容に関しても自分で考えて書いていることがわかりますから、レポートとしての必要最小限の条件を満たしています。一方で、冒頭の1文については、講義の中で、C,H,O以外の元素が植物では少ないのは、Nなどの元素が植物で何らかの理由によって減少していると考えるよりは、C,H,Oが動物に比べて圧倒的に多くなっていることが理由であると推論される、という話をしました。講義で紹介した考え方を絶対正しいと考えるのは、むしろ講義を聞く態度としてよろしくないのですが、講義で紹介した考え方と違う考え方を前提とする場合には、その間の関係について一言補足するとよいと思います。
 この点、文章の最後の1文は、減少率を比較することにより硫黄の特殊性について考察していますから、講義からの流れを考えると、本来はここから出発する方が、論理の流れは自然でしょう。実際のレポートでは、途中で、植物はSを得ずに生きていけるという話にした後に、結局はSの減少率が一番小さいとなっているので、論理の流れが一貫していません。最初に、植物における微量元素の減少率を比較するとSが一番小さいのはなぜだろうか、という問題設定を置いて、アミノ酸合成の違いを基に説明すると、論理があちこち飛ばずにスムーズになると思います。ちなみに、今回の講義で紹介できるかどうか微妙なところですが、地球規模での循環を考える場合に、硫黄は気体の状態での循環が重要な意味を持つ面白い元素であって、本当はその点も考慮する必要があるかもしれません。


Q:授業で取り扱った、数値に隠された裏を見るという考え方から私は一つの事実に注目した。それは、植物におけるらせんの本数や花びらの数、葉の数はフィボナッチ数列の数と一致するという事実である。例を挙げると、桜の花びらは5枚である。また、カリフラワーのらせんは左回りが八本、右回りが13本となる。これらの数は事実の通り、フィボナッチ数列の数と一致する。ではなぜ植物はこのような事実があるのだろうか。私の考察としては、植物に限らず、動物などの生き物は、生存ためにより効率的な形をとることがほとんどである。それが、フィボナッチ数列と一致した要因であると考える。実際、フィボナッチ数列の数を正方形の辺の長さとして、図を作ると、いわゆる黄金比というものができる。この黄金比は、最も美しい比とされている。これが植物の効率的な生存のために都合が良かったのではないかと考える。もう一つ例を挙げると、植物のらせん葉序は上から見たときに葉同士が重ならないようになっている。これは、光合成を行う上で都合が良く、効率的に行うことができる。そしてこの性質の角度は、大阪大学の近藤滋教授によると、「黄金角を元に付いており、この角に従うことで葉は重ならない」と述べている。近藤教授は実際にシュミレーションでも確認をしており、重ならないことが分かっている。このように、数字を見て、なぜこうなったのかを考察できる良い一例だったと思う。
参考文献(サイトの運営者、サイト名、公開日(西暦)、〈URL〉、閲覧日(西暦))
近藤滋、Kondo Labo Frontier Bioscience, Osaka Univ.、4月13日(2018年)、〈https://www.fbs-osaka-kondolabo.net/post/fibonacchi〉、5月13日(2020年)

A:これも、自分の言葉で書いているという点では、レポートの必要条件を満たしています。ただし、論理という点ではやや不満が残ります。このレポートの1つめの論理は「黄金比は、最も美しい」ので、植物の効率的な生存のために都合が良かった」という部分でしょう。しかし、人間にとって美しく見えるという点と、植物にとって都合が良いという点の間には、大きなギャップがあるように思います。そこをきちんと埋める論理展開が必要でしょう。ただし、この講義のレポートに求めているのは、事実ではなく、自分なりの論理ですから、かりにギャップがあるとしても、それを、正しいかどうかは別として、自分なりの論理で埋めるようなレポートを書けるのであれば高く評価されます。
 2つ目の論理は螺旋葉序の部分ですが、ここは、単に近藤先生の仕事の紹介のとどまっていて、自分なりの論理が感じられません。人の紹介だけではなく、自分の考えを記述してください。例えば「螺旋葉序では葉が重ならない」のが確かだとしても、世の中には互生や対生の葉序もあります。当然、互生や対生での葉の重なりと、螺旋葉序での葉の重なりがどの程度違うのか、という情報がなければ、正しい判断はできないはずです。さらに、もし例え螺旋葉序での葉の重なりが互生や対生での葉の重なりより小さかったとしても、今度は、なぜ、自然界には葉の重なりの多い互生や対生の葉序を取る植物がいるのか、という説明が必要になるでしょう。螺旋葉序があらゆる条件で素晴らしいのであれば、地球上の植物はすべて螺旋葉序になるはずです。生物を考える上では、その多様性を常に意識することが重要です。