光合成

ロバート・ヒル、C.P.ウィッティンガム著、みすず書房、1957年、215頁、350円

「ヒル反応」で高校生にもおなじみのロバート・ヒルと、やはり光合成研究者のウィッティンガムが書いた光合成の教科書の翻訳。訳者は藤茂宏、伊沢清吉、宮地重遠という顔ぶれ。原著の前書きには1953年とあるから、二つの光化学系によるZスキームも全くわかっていない状況で、炭素同化に関してはカルビンの実験結果がようやく出始めたころの教科書である。少し前に、クロロフィルの構造が明らかになり、クロロフィルの構造がわかりさえすれば植物の光合成の謎が解けるのではないかという幻想が打ち砕かれた時代に相当するので、今、光合成を学びたいという人にとってはほとんど意味がない本とは言えるだろう。しかし、限られた情報の中で、しかもその情報の中には互いに相反するものもある中で、真実を模索している姿は、科学研究のあるべき姿を示しているように思える。何もないところから、全体像を描いていこうとする様子は、現在、大きなフレームワークが明らかになった上で、その部分部分を研究しているようにも思える現代から見ると、うらやましい限りである。ちりばめられた手掛かりをもとに論理的な推論を重ねていく様子は、ちょうど推理小説を読むような印象を与える。その推理は、今となっては間違っていたものもある一方で、なぜそのようなわずかな手がかりから真実を見つけることができたのかと驚くような推論もある。訳書の出版までの4年間で進展した部分については、丁寧な訳注がついていて、研究がさらにどのような方向に進展したのかがわかるようになっている。語り口は、冷静で、昔の教科書には時々ある、対立するいくつかの説の一つに肩入れするようなところは皆無である。ヒルは、91歳で1991年に亡くなるまで実験を続けていたという話だから、どこかでその人となりを聞いていてもよさそうだけれども、全く記憶にない。本からは公平無私な人だったのではないかという感じを受ける。当時得られていた代表的なデータについては、いくつか図として示されているものもあるし、最後には参照文献も載せられているので、光合成の科学史の本としても十分に役に立ちそうである。早稲田大学の理学科の図書室が閉鎖になるので本を廃棄します、というお知らせを受けて何か面白い本がないかと漁りに行って見つけた中の一冊である。貴重な拾いものであった。

書き下ろし 2021年3月