藻類 生命進化と地球環境を支えてきた奇妙な生き物

ルース・カッシンガー著、井上勲訳、築地書館、2020年、384ページ、本体3,000円+税

ハードカバーで384ページというボリューム、そして訳者の名前もあって、襟を正して読み始めたが、藻類と人間社会とのかかわりについて地球環境問題を背景に簡潔な語り口で紹介する内容であり、楽しく読み進めることができた。著者のルース・カッシンガーは、日本で紹介されるのはこれが初めてのようであるが、鉄やセラミクスといった素材や車輪や染料といった科学技術などについて幅広く啓蒙書を執筆しており、植物や園芸についての著書もある。本書の原題 "Slime: How Algae Created Us, Plague Us, and Just Might Save Us" で「私たち」が強調されていることからもわかるように、著者の興味の中心は、科学と人間社会とのかかわりにある。本書の読みどころは、藻類を利用するために、あるいは藻類のために働く人々と直接話すために、様々な企業に取材する行動力である。アメリカ各地、ヨーロッパ、アジアと文字通り世界を股にかけて取材そして、サンゴを観察するためには、スキューバダイビングのライセンスを取るところから始めるのであるから、頭が下がる。取材先では、主に技術担当者にインタビューを行ない、藻類にかかわる人々に、何を考え、何を目指しているのかを直接語らせることにより、それらの人々の思いが浮かび上がる。他方、著者の視線はあくまで客観的であって、藻類エネルギーに科学予算がつぎ込まれ、小さなスタートアップ企業がアメリカ全土に事業を展開したのちに、石油価格の暴落により撤退を余儀なくされる様を淡々と語っていく。地球環境問題の先行きについては悲観的ながら、問題を打開する方策としての藻類に希望を失うべきではないというメッセージが読み取れる。なお、本書では、藻類自体の生物学的記述はそれほど多くないが、地球環境への影響や、藻類の応用技術に関する理解に必要な生物学的背景はきちんと説明されており、その記述の正確さは、著者がきちんと勉強をした上で本書を執筆していることをうかがわせる。また、最後に、付録として、藻類を素材とした料理のレシピが載っている。料理レシピが付録になっている点もさることながら、全体としてはこなれた訳になっている本書の中で、このレシピの所だけは、訳に戸惑いが感じられる点がほほえましく思えた。

日本植物生理学通信 140号 p.22、2020年11月1日