ダイソン生命の起源

フリーマン・ダイソン著、共立出版、1989年、112頁、1,320円

「生命の起源」という題名の本を書くのにはある程度の覚悟がいるのではないかと想像しますが、著者は、理論物理学者として、かのシュレーディンガーにならって地球上に生まれた最初の生命体について想像を巡らせます。そして、遺伝情報の正確な複製の起源が主な焦点となっていたこれまでの議論に対して、オパーリン流の代謝する細胞とその分裂が先行する生命の誕生スキームが可能ではないかと考えます。もし、そこで終わりだったら単なる一つのアイデアにすぎませんが、著者はそこから生命が誕生する条件をモデル化し、さらに原始生命の条件の範囲を定量的に求めるところにまで進みます。結果として得られた条件は、生命を構成する物質の単量体の種類が10種類程度、原始酵素の識別能力が100程度、原始細胞の構成要素の数は10000程度というものです。しかも、ここから、このような生命体においては20-30%のエラー率が許容されるため、厳密な複製を必要としないことを導き出します。あくまで極めて単純化したモデルでの話ナノですが、このように論理的に説明されると、それが真実以外の何物でもないような気がしてきます。面白いのは、このモデルでは、生と死が対照的で、生命が死ぬ確率と生き返る確率が同じになります。しかし、原始生命が徐々に進化して生命体が複雑になっていくに従って、死は一般的な現象のままである一方、生き返りは困難になっていくことが示されます。このようなモデルの解釈をそのまま生物学に取り入れて考えることが適切であるかどうかは別として、生と死のような根源的な概念についても議論できることが示されると、モデルの威力を実感できます。同様に、新しいものを生み出すためにはエラーを許容しなければいけないという結論にも、生物の分野だけに留まらない社会的な含意を読み取ることができるでしょう。いろいろな示唆に富む一冊でした。

書き下ろし 2017年11月