眼が語る生物の進化

宮田隆著、岩波科学ライブラリー、1996年、174頁、971円

タイトルがよく考えられています。ここで語られるのは、あくまで生物の進化であって、眼は語り手にすぎないというわけです。そして、読み進むにつれて、眼は、語り手として素晴らしい才能を持っていることがわかります。眼のレンズのタンパク質から、いわゆる進化の中立説が描かれ、眼の網膜にある視物質から、生物の多様化の過程が語られます。さらに網膜で受け取った光の信号を伝える仕組みから、情報伝達の進化が明らかとなります。そのようなさまざまな局面における進化を、眼という一つの切り口でまとめていく様子には、爽快感すら覚えます。見事なお手並みというところです。おそらく光合成を切り口としても、原理的には同様に進化を描いていくことができるのだとは思いますが、それにはなかなかの技量が要求されるでしょう。もう二十年近く前の本ですから、真核生物の系統の部分などは、やや記述が古くなっていますが、あまりそれは気になりません。その理由は、この本が、進化の知識を伝える本ではなく、進化の考え方を伝えようとしている本だからでしょう。科学的な知識は古くなることがあっても、科学的な考え方は普遍的なものです。ここで紹介された進化の考え方は、あと二十年たっても古くならないと思いますし、また、その考え方は、進化の研究にとどまらず、より一般的な科学の考え方にも通じると思います。読者のレベルを考えた場合、高校生には少し難しいかもしれません。著者のバックグラウンドは生物ではなく物理だったそうで、生物の知識は前提としてそれほど要求されてはいないので、理系の学部学生だったらすらすら読み進めることができると思います。生物以外の研究をしている学生にも読んでもらいたい本です。

書き下ろし 2017年10月