緑と光と人間 光合成の探究

宇佐美正一郎著、そしえて文庫、1977年、220頁、1,300円

副題にある通り、主に光合成研究の歴史をたどった本である。この手の科学史の本は、科学の研究者というよりは、科学史の研究者が書く例が多く、歴史をたどってきて19世紀でおしまい、あるいは、最近の研究の展開を紹介しても、ややとんちんかんという例が多いが、この本は、著者が東大の植物学教室の出身だけあって、出版時の1977年という時代を考慮すると、かなり最新の研究の展開までを正確に記述している。科学史の部分の具体的なエピソードは、さまざまな本で紹介されている代表的なものがほとんどであるが、例えば、ブラックマンの明反応と暗反応の概念を生み出した実験についての記述を見ても、「一万分の一秒ぐらいの照射で、最大の光合成に達するために必要な最小の暗黒時間は0.0二秒であった」といった具合に、極めて定量的である。単に、歴史的な記述として紹介しているのではなく、科学的な実験の詳細を理解した上で紹介していることがうかがわれる。一方では、地球生態系における光合成の生産量といった、極めてマクロなデータに関しても、きちんと数値を挙げて議論しており、幅広い範囲の研究成果を、常に定量的に議論する態度には感心させられる。また、本の最後の1/3ぐらいは、光合成の生態系における役割や、環境破壊の問題に当てていて、単なる科学史の紹介にとどまらず、光合成の意味を考える本になっていることも評価できる。1977年といえば、公害問題と石油ショックを経て右肩上がりの成長という神話が揺さぶられた時期であった。そのような時期に、生態系の物質の循環を担う光合成についての本が出版されたのは、偶然ではないだろう。そして、この本の中で著者が警鐘を鳴らした自然破壊や放射能汚染の問題は、残念ながら35年以上たった今でもほとんど解決していない。この35年間の光合成研究の大きな進展と、同じ35年間にむしろ拡大してしまった自然破壊の問題を対比させて考えるとき、環境破壊の問題の根深さを感じざるを得ない。

書き下ろし 2013年9月