エントロピーから読み解く生物学

佐藤直樹著、裳華房、2012年、216頁、2,700円

もともとは熱力学の概念であるエントロピーは、エネルギーの変換、あるいはエネルギーの移動を考える時になくてはならない概念である。生物が外部から有機物あるいは光、場合にいよっては無機物の形でエネルギーを取り込んで、そのエネルギーを最終的に熱として放出するまでの間に生命活動が営まれることを考えれば、エントロピーと生物は切っても切れない関係にある。そのことを端的に指摘したのがシュレディンガーの1944年の著作であり、日本では1970年代から80年代にかけてエントロピーと生物の関係が盛んに論じられた。しかし、それらの議論には、いずれの場合についても、ある種の「胡散臭さ」が付きまとっていた。それはおそらく、多くの場合に議論が概念のレベルにとどまり、具体性を持った議論にまで深められることがなかったことによるのだろう。本書においては、光合成や呼吸といったエネルギー代謝の面に留まらず、極めて多方面の現象(生物現象にとどまらない!)を取り上げてエントロピーとの関連を議論しており、具体例を積み重ねることにより説得力は増している。著者の語り口は独特で、最後に人間の生きがいを論じた部分など、「あの世」までが議論に登場する。「あの世」を論じて胡散臭さを感じさせない生物学の本はめったにないだろう。ただ、それでも、DNAの配列と遺伝現象を情報エントロピーから論じた部分などは、やや未消化な印象を受けた。まだ「哲学」に留まっていて、胡散臭さを完全には振り払えない印象がある。取り上げられた現象の具体例の中には、特に著者の専門に近いと思われるところで、前提となるある程度の知識を要求する部分があり、読者としては学部で生物学を勉強していないと難しいだろう。後半の人間と社会現象を取り上げた部分などは前提知識を必要とせずに読めるので、前半の部分のトピックをもう少し絞る代わりに一から説明するようにして、より広い範囲の読者を対象とする手もあったのではないかと思う。

書き下ろし 2012年6月