自己組織化と進化の論理 宇宙を貫く複雑系の法則

スチュアート・カウフマン著、ちくま学芸文庫、2008年、579頁、1,600円

現在、生物の進化の説明としてはダーウィン流の自然淘汰説が基本になっています。その場合、淘汰の結果現れた人間というものは単なる偶然の産物であり、人間が現在のような存在をとる必然性は全くないことになります。もう一回、振り出しから進化の過程を繰り返すと、今度は人間とは似ても似つかないものが万物の霊長になるかもしれません。このことが、キリスト教的なバックグラウンドを持った著者にとっては極めて重い意味を持っているようで、そのような考え方に対する居心地の悪さとその回避策への模索が本書の考え方の出発点となっていることが繰り返し語られます。この辺はキリスト教に疎い者にはやや感覚的にわかりづらい面もありますが、代謝系の複雑さがある臨界点を超えると進化につながるという視点は刺激的です。自分の都合のよい論点だけを取り出しているきらいはありますが、生物の進化、技術の進化、経済や政治における人間の行動といったものを、新たな視点から整理していく文章を読むと、広い範囲の読者の興味を引くことことに成功した理由もうなづけます。一方で、自己組織化という切り口の出発点ともいうべき熱力学についての著者の理解は、どうもぼんやりしているようです。計算機の中で一定量の物質が反応することを想定して、様々なシミュレーションを行なうのですが、反応を進めるためには外部からのエネルギーの供給が必要であることは考慮されません。独立栄養的なエネルギー供給系が誕生するまでは、さまざまな反応は複雑な物質を簡単な物質に分解することによって得られるエネルギーによって進められていたはずです。とすれば、計算機の中とは異なり、反応の進行によって物質の多様性は急激に失われていくでしょう。その時に、どのように臨界点を超す物質を蓄積するのか、という視点は著者にはないようです。とはいえ、それは別に著者の論理の欠陥というわけではなく、生命の起源を考える上では常に問題となる部分です。本書のような議論を出発点に、生命の起源をめぐる議論に新しい展開が生まれることを期待しましょう。

書き下ろし 2010年1月