万葉の草・木・花

小清水卓二著、朝日新聞社、1970年、358頁、700円

万葉集に登場する植物に関する様々な随筆を集めた本です。著者は奈良女子大にいらっしゃったようで、奈良公園やそのまわりの山々が愛情を込めて紹介されます。出版されたのが今から40年ほど前、書かれたのは戦前の昭和十年代から戦後昭和四十年代までですから、奈良公園など植生や各地の大木を紹介した部分などはもしかしたら現在とはだいぶ違っているのかも知れませんが、文章自体はまったく古さを感じさせません。まあ、万葉集の昔に比べたら数十年の昔など昔のうちに入らない、ということでしょうか。出てくる植物については、ある程度説明がされますが、それはあくまで随筆としての範囲内で、ある程度植物に親しんでいないと情景が頭に浮かばないかも知れません。随所に引用される和歌についても、歌の意味の解説はほとんどないので、この本で万葉集を知ろうというのは難しいでしょう。しかし、実際の植物は知らずとも、歌の意味はわからずとも、文章に表れる著者の植物と自然と、そしていにしえの人に向けたまなざしが印象に残ります。また、巻末には、万葉集の中から植物に関わる全ての歌を植物ごとに分類した付録がついており、植物に関わるものとしては、これだけのためでも手元に置いておきたくなります。各随筆の初出年はついているのですが、どこに載ったものなのかが書いていないのが残念でした。

書き下ろし 2009年12月