脳と仮想

茂木建一郎著、新潮文庫、2007年、264頁、438円

この本の著者が脳に関する一般向けの本をいろいろ書いていることは知っていたのですが、今まで読むチャンスがありませんでした。文庫に入ったこともあり、手に取ってみたところ、なかなか含蓄のあるエッセーでしたが、脳科学の紹介を期待すると裏切られます。著者自身は、脳科学者とのことですが、文章は極めて感覚的で、論理よりは「どのように感じるか」が重視されます。いくつか紹介される脳科学の研究内容も、どちらかというとサイエンスの雰囲気を醸し出すためのスパイスといった扱いです。そして、内容は「文科系の人向けの子守歌」といった感じでしょうか。科学の進歩が、人間の意識という、いわばもっとも個人的な領域に踏み込みつつあることに不安や恐怖を感じる人びとに、「脳科学が進歩しているといっても、結局、人間の意識の成り立ちはあまりにも複雑なので、科学では解明しきれないから、安心してお眠り」と繰り返しささやき続ける感じです。一方、科学とは別に哲学の立場からこの本を見た場合、一番気になるのは「意識」という言葉を自明のものとして明確な定義をせずに使っている点です。おそらくは著者なりの定義があって、それは本の中で一貫しているのでしょうけれども、読者にはそれが見えないので、著者の主張を一つずつ追おうとした場合、その論理的な展開をつかむことが非常に難しくなります。まあ、もともとエッセーとして雰囲気だけを楽しめばよいのかも知れませんが。本来、ここで扱う「生物学関係の本」とは考えない方がよいのかも知れません。

書き下ろし 2008年7月