生命と物質 生物物理学入門

東京大学出版会、1999年、210頁、2,800円

本書は東京大学出版会から「バイオソフィア」シリーズとしてでているものの1冊である。このシリーズは主に東大の駒場の先生方が「生命と〇〇 ××学入門」という題名で執筆されており、本書が3冊目になるらしい。本書に関して言えばこの「生物物理学入門」という副題は内容を実際に示すものではない。著者はNMRを研究手法としていた人のようであるが、各種分光法、NMR、ESRといった生命現象の解明に役立ってきたいわゆる生物物理学的手法に関する記述は一切ない。その代わりに主題となっているのが、力学であり、その中でもタンパク質レベルでの化学熱力学に重点が置かれている。また、内容の程度も、入門と言うにはやや高度で、化学熱力学的な考え方のバックグラウンドがないと読み進むのに苦労するかも知れない。その分、内容はなかなか刺激的である。全体の2/3以上のページ数(4ー6章)がタンパク質の熱力学的解釈にあてられているが、真空中では安定すぎるタンパク質が水に取り囲まれるようになって不安定さが増し、そのぎりぎりのところで生理的役割を果たしている、というようなイメージの提起(4章)や、 タンパク質の生理機能までをも熱力学的に解釈してしまう論法(6章)などは評者にとっては非常に新鮮であった。想定読者は生物に関わる人間かと思われるが、むしろ、本書が物理や化学を志している学生などに読まれ、その研究の対象として生物も面白いかも知れないと思うきっかけになることも期待できるのではないだろうか。

生物科学ニュース 2000年3月号(No.339)p.6