シアノバクテリア遺伝子破壊株のゲノムワイドな表現型解析を可能にするクロロフィル蛍光解析系の構築

相場洋志

序論

単細胞性シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803は、1996年に全ゲノムの塩基配列が決定され、コードされているORFの数はおよそ3000と見積もられている。そのうちおよそ半数は機能未知の遺伝子であり、これら未知遺伝子の機能を解明することに、多くの研究者の興味と関心が集められている。これまで、ゲノムワイドな遺伝子機能解析の方策として、DNAマイクロアレイによる網羅的な遺伝子発現様式の解析、および2次元電気泳動などによるプロテオーム解析といったin vitroにおけるゲノム解析系が構築され成果を挙げてきている。また、遺伝子機能の同定に有効な方法としては、遺伝子破壊株を構築し、その動態を解析するというものがある。しかし、in vivoにおけるあらゆる遺伝子破壊の影響をハイスループットで解析する方法は現時点では存在しないため、表現型解析には個々の破壊株についての詳細な解析が必要であり、これがゲノム解析の進行を律速している要因の1つになっているといえよう。筆者は、細胞レベルでのさまざまな遺伝子破壊の影響を比較的簡便に検出する方法として、クロロフィル蛍光測定に着目した。クロロフィル蛍光は、光合成電子伝達鎖の酸化還元状態を反映することが知られており、これまで光合成の生理学的解析および光合成関連遺伝子変異株のスクリーニングにクロロフィル蛍光測定が用いられてきた。ところがシアノバクテリアは原核生物であるため、真核光合成生物にみられる葉緑体などの細胞内コンパートメントが発達していない。そのため、光合成電子伝達系は呼吸系、窒素代謝、チオレドキシン系などと酸化還元反応やATP等を介した関わりを有しており、また他の代謝系・代謝反応も酸化還元反応を介した何らかの関わりを有していると予想される。そこで筆者は、シアノバクテリアにおいては光合成のみならず他の代謝系の影響もクロロフィル蛍光発光に反映されるのではと考えた。 本研究では、ゲノムワイドな遺伝子破壊株表現型の検出・分類を効率よく行うクロロフィル蛍光解析系の構築およびその有効性の検討を目的とした。

方法と結果

蛍光挙動の変化 クロロフィル蛍光の測定には、複数のパッチ状シアノバクテリアからの蛍光発光を個々について同時に検出・解析できる2次元蛍光画像解析システムを採用した。遺伝子破壊株は野生型とともに生育光下において48孔マイクロプレートで振とう培養し、OD730=0.5に調整後、寒天培地上に滴下、強光下で48時間培養し、蛍光測定に供することとした。まず光合成関連遺伝子欠損株であるΔpsbKを野生株とともに培養、蛍光挙動を比較したところ、野生株は0.5秒付近に初期ピークを示す通常の蛍光挙動を示したのに対し、ΔpsbKはクロロフィル蛍光の経時変化を示さなかった(図)。次に非光合成遺伝子の破壊株7種類について同様に野生株との蛍光挙動を比較した。その結果、グルコース代謝系遺伝子の破壊株およびチオレドキシン系の遺伝子破壊株で蛍光挙動の変異が検出された(図)。以上のことから、光合成遺伝子欠損株のみならず非光合成遺伝子の欠損株も、クロロフィル蛍光測定によって検出できることが確認された。さらに、チオレドキシン系の欠損株とグルコース代謝系の欠損株とは蛍光挙動が異なり、 かつペントースリン酸経路のグルコース6リン酸デヒドロゲナーゼをコードする2つの遺伝子、zwfdevBの破壊株は同様の蛍光挙動を示した。このことから、クロロフィル蛍光の経時変化にみられる特徴は、破壊遺伝子の機能を反映するということが示唆された。つまり、2次元蛍光画像解析系によって検出される蛍光挙動の変異を、当該遺伝子破壊株の表現型ととらえ、分類することが可能であろうと筆者は考えた。これをゲノムワイドに行うことができるかどうかを検証するために、トランスポゾンをランダムに挿入した約600個の変異株を作製し、それらの蛍光挙動を測定した。その結果、15個の変異体が蛍光挙動の変異を示し、それらは蛍光挙動の特徴から6つのカテゴリーに分類された。このカテゴリーの中に前出のチオレドキシン系遺伝子破壊株およびグルコース代謝系遺伝子破壊株は含まれないため、これらはそれぞれ7番目、8番目のカテゴリーとした。15個の変異株のトランスポゾン挿入サイトを、インバースPCRおよびシークエンス解析により決定した。15個の変異株中に見出された破壊ORFは7種類だったが、同一ORFの破壊株は同一のカテゴリーに分類され、 他の変異株の蛍光挙動とはっきり区別されていることがわかった。このことから、大量の変異株の中から表現型を示すものを拾い上げ、表現型ごとに分類するということが、この蛍光解析系を用いてゲノムワイドに行えることが示唆された。決定されたORFを見ると、グルタミン酸−アンモニアリガーゼをコードする遺伝子(glnA)が含まれていたほか、5つの機能未知遺伝子も見出された。

考察

当初の予想通り、光合成のみならずグルコース代謝・窒素代謝・チオレドキシン系といった光合成電子伝達鎖との関わりが知られている他の代謝系の遺伝子破壊もクロロフィル蛍光解析系によって検出できることを示した。また、クロロフィル蛍光挙動は破壊遺伝子の機能を反映することが示唆されたことから、それを表現型とみなすことができると結論付けた。さらにゲノムワイドな解析を想定した約600個の変異体の蛍光測定でも、この解析系が表現型の検出・分類に有効であることを示した。実際にゲノムワイドにこの系を用いた解析を行うことで、機能既知と未知あわせて100近くのORFについてその破壊株の蛍光挙動が特徴付けられ、それらはおよそ30程度のカテゴリーにクラス分けされるであろうと推測している。それらORFを蛍光挙動ごとに分類したデータベースを構築することで、未知遺伝子の機能について有用な情報を得ることができると期待される。