Fluorome プロジェクト

プロジェクトの背景

多くの生物でそのゲノムの全塩基配列が決定し、ゲノム上の遺伝子の機能解析が研究の次の焦点となっています。遺伝子の機能解析の方法の1つとして塩基配列からの機能予測がありますが、これはタンパク質としての機能の推定が可能で、かつゲノム単位での解析が可能であるという利点があります。しかし、一方で、複雑な生命システムの中のどのような場面でその遺伝子がどのような機能を果たしているのかという情報を塩基配列から得ることはまだ難しいといわざるを得ません。例を挙げれば、自分の興味を持つ遺伝子の産物がリン酸化酵素と相同性を示せば、その産物が他のタンパク質をリン酸化する機能を持っているかどうかは推測できます。しかし、通常、我々が知りたいのは、それだけではなく、そのリン酸化酵素がどのようなシグナル伝達に関わっているのか、どのような生理現象に関わっているのか、といった点です。そのような「生物というシステムの中での役割」については、相同性の検索からだけでは明らかになりません。

そのような情報を得るためには、通常、遺伝子変異株の表現型の解析が行なわれます。しかし、遺伝子の機能によって異なる解析手法を使う必要があり、ゲノム単位で大規模な解析を行なうことは難しくなります。さらに言えば、そもそも、何の表現型を解析すればよいのかがわからなければ、解析の進めようさえありません。例えば、もしかしたら呼吸に関わっている遺伝子かも知れない、という情報があれば、表現型の一つとして、呼吸速度を測ることができますが、そうでなければ、せいぜい見て形が違うか、生育速度が違うか、ぐらいを見るのことぐらいしかできません。

そこで何をしたか

この状況を打破するために、本プロジェクトでは、光合成生物のクロロフィル蛍光をプローブとして用いることにしました。クロロフィルから発する蛍光は、光合成系の状態を反映するため、古くから光合成関連遺伝子の機能解析に用いられてきました。そして、私達の研究グループは、この方法を、非光合成遺伝子にも適用するために、2つの工夫を行ないました。1つは、材料として、高等植物と同様の光合成を行なう生物でありながら葉緑体などの分化した細胞小器官を持たない単細胞原核生物であるシアノバクテリアを用いることです。これにより、細胞内の各代謝系は光合成系と相互作用を持ち、各代謝系の変動は、光合成系に、ひいてはクロロフィル蛍光に反映されます。しかし、このような影響は間接的であるため、クロロフィル蛍光の差異は極めて小さい可能性があります。そこで、単に一時点での蛍光強度を比較するのではなく、細胞を暗所から明所に移した直後の蛍光強度変化を時系列データとして取得し、それを比較するという工夫を行ないました。 これらの2つの工夫により、蛍光という単一の表現型を使いながら、ゲノム上の全遺伝子の半分程度について、遺伝子破壊株の表現型を得ることが可能となりました。

このデータベースでは、この新しく開発された方法に基づいて、表現型データベースの構築を行ない、これに基づき遺伝子の機能的クラスタリングを行ないました。現在のデータベースでは、各遺伝子破壊株のクロロフィル蛍光挙動をグラフィックに見ることができると共に、その蛍光挙動が2つの遺伝子破壊株の間でどの程度異なるかを定量化し、ある遺伝子破壊株とよく似た蛍光挙動を示す遺伝子破壊株をリストアップすることができます。少なくとも、光化学系量比調節因子に関しては、このようなリストアップにより、新しい因子をまとめて同定することが可能であることが示されています。現在は、まだ、750程度の遺伝子についてデータベース化を終わった段階ですが、将来的には対象をシアノバクテリアのゲノム上の全遺伝子に広げ、各遺伝子の機能推定と遺伝子ネットワークシステムの構築ができるシステムにしたいと考えています。